1. 落ちてきた少女の考察 - 9月23日 1

    その日はとても寒い日だった。アリスは昨晩、「一晩中沢渡と遊ぶ」と息巻いたが、年越しを待てなかった子どものように日を跨ぐ前に寝てしまった。
    朝はアリスが先に起きていて、窓から外を見ている。あまりに寒いのでまたこぢんまりとした塊になろうとしたら、起きたことに気がつかれて布団を剥がれてしまった。
    ぶるぶる震えながら起き上がると、部屋中にアリスの絵がたくさん貼ってあった。見たことある絵も、見たことの無い絵もある。アリスのノートを見ると、大分厚みがなくなっていた。たくさん絵を描いたんだなぁと思いながら部屋中の絵を眺めてみると、お祭りの絵や台風屋台の絵、月の絵やぶどうの絵などアリスが出会ったたくさんの出来事の絵であった。
    アリスはお祭りの日に「楽しいことたくさんたくさんありますように」とお願いをしていた。たくさんたくさんの楽しいことに出会えたことは部屋中の絵が教えてくれている。
    絵を見ている間、アリスはとてもにこにこしている。机に向かって僕の論文を手に取ったりなどもしていた。
    「アリスは昨日、僕の論文を読んで帰らなきゃいけないと気付いたと言ったよね。もし論文を書かなければ、帰らなくて済んだのかな」
    「ううん。今日、どうしても帰らなくちゃいけない。気が付けて、よかった」
    気付かずに今日を迎えたら、アリスはどのように帰ることになったのだろうか。アリスはやはり今日帰ってしまうようである。アリスが居ないことがスピカが赤く見えた原因であるのだと言っていた。アリスが帰るのは従兄弟の家でもなければ、地球のどこかでもない。月よりも遠くへ行ってしまう。
    何度か「帰らなくて済む方法はないのだろうか」と僕が駄々をこねたものの、アリスはただ笑うばかりであった。考えてもみれば、元の家に帰れることの方がアリスにとっては幸せに違いない。行かせてあげるべきなのである。
    それからはアリスがどうしたら帰らずに済むかなどの会話は一切せずに、これまでのことなどを話した。何が一番楽しかったか、驚いたことなどをアリスはあれもこれもとかいつまんで並べた。絵に描き忘れたことを思い出すと、すぐにノートを開き、ペンを走らせていた。ノートを破りまた壁に貼る。アリスの絵は、若干暗号めいた部分もあるが何を描いているのかは解る。部屋中の絵を観るたびにこんなこともあったなぁと話が膨らんだ。
    気がつくと日が落ちそうになっているほどに話に集中をしていた。アリスが窓の方を見て「あっ」と声をあげた。
    「そろそろ、星が出ちゃうかな」
    「そうだね。そろそろ一番星の時間だ」
    そう言うとアリスは星の観測高台に行こうと言った。さらに「先に外に出ていて」とアリスが言うので、なにかなと思いながら外に出るや、すぐにアリスが出てきた。なんだったのであろうか。
    外は朝よりも寒く感じた。身震いをするほどである。このところずっと寒い寒いと言い続けている気がするが、段々と寒くなっていっているのは間違いないだろう。幸津先輩が動けなくなる日も近いのではないだろうか。
    街灯が点灯するのも早くなった。商店街の方からの活気は道の方まで届いてくるし、コンビニは静かでこればかりはいつも通りである。コンビニについてはこれから毎日、大学が始まるまで夜の間は繁盛しそうな気配ではあるが。
    星の観測高台までの道のりの間にも、アリスは色んなことを思い出すようにきょろきょろとしていた。その姿ははじめてこの坂道を歩いた時の楽しそうな姿そのもので、キラキラとしている。
    そのまま坂を下っていくと、三叉路に青梅さんが居た。物悲しそうな雰囲気で手を後ろで組んで立っている。下を向いているので僕たちに気がついていないが、何かを考えているようである。
    「青梅さん」
    声を掛けると、青梅さんは顔をあげてパッといつも通りの明るい顔をしてくれた。ぶんぶんと手を振って応えてくれたが、手を振るほどにそう遠い距離でもない。
    「こんにちは。良かった、来てくれたんだね」
    「うん! でもどうして高台なの?」
    やはり気になっていたようである。アリスが一番星が出るといけないと言うので、星の観測高台を登りながら説明をした。実は従兄弟の子ではなく、いつの間にか手に収まっていたこと。そして今日帰るのだと言うこと。帰る場所についてはうまく説明が出来ず、『帰る』としか言えなかった。
    青梅さんは怪訝そうな顔をしながらも、「その『帰れる』のが高台なの?」とだけ聞いてきた。
    「多分、そうなんだと思う」

     
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