9月 2011
30件の投稿
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落ちてきた少女の考察 - 9月14日 1
「いいですね!」という乾杯の音頭がとられたとき、幸津先輩は一人でのんびりと小屋の中で飲んでいたそうだ。研究茶会に来たがらない人間なので皆が飲み始めようが勝手に飲んでいても不思議ではない。あの夜は幸津先輩が小屋の中とはいえ、人前で飲んでいるのを初めて見たくらいだった。 飲みながらも先輩は、一人になってから再び大口径の望遠鏡を使い星を観ていた。スピカが見えなくなったので、少し月を観ようとぐるりと望遠鏡を動かした。南の高い位置に蒼白い光を気高く身に纏い、大きく輝く月はいつも以上に静かでしばらく魅入っていた。 やがて月に何やら観たことの無い影が見えはじめる。どうみても人であり、なんだか僕とアリスに見えたそうだ。この発見を面白がって僕に伝えようと、先輩は小屋を出た。そこに居る天文学科の人間は、誰一人として月を覗くものは居ない。月の綺麗なのに託つけてどんちゃん騒ぎをしたいだけなのだ。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月13日 4
ワクワクとしながら、アリスを見失わないように手を繋いで歩いた。アリスはなにか首を傾げて不思議そうな顔をしている。僕はといえば、不思議なことが起こりすぎているためか、この光をちっとも不思議と思わなかった。 そしてようやく赤い光の主の外観が見えてきた。金色でぴかぴかしていて、キャラメル箱のようにほぼ四角い形状をしている。その上部に赤い光を放つ電飾が並んでいて、一軒だけぽつりと建っている家のようである。 のれんが付いていて、そこには「颱風屋」と書かれていた。どこかで見たのれんである。そして急にお腹が空いてきた。 吸い寄せられるように颱風屋ののれんをくぐると、中はこぢんまりとしていて直ぐ目の前は、またもや豪奢で見ていると目が痛くなりそうな布のようなものであった。長椅子とテーブルが巧くあしらわれていて、それは木で出来ていた。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月13日 3
なだらかな下り坂を降りていくと、そこは海であった。さっきまででこぼこと開いていたクレーターが少しもない、大きな平原になっている。 海を歩いていると、前方から足元をいろんな色の紙吹雪のようなものが流れていく。しかし紙吹雪は体に触れる事無く、ふわふわと漂っているのだ。 眺めていると、歩いてきた方角からも紙吹雪が流れてきた。やがて衝突した二つの紙吹雪は穏やかに引く波のようにうっすらと姿を消した。 なんだったんだろうねとアリスと顔を見合わせると、アリスはしゃがんで紙吹雪を捕まえようとした。前方からふわふわと漂ってくる紙吹雪を両手で覆うように触りかけた時、またうっすらと姿を消すのである。 水の無い海を、代わりに波打っているようだ。次第に枚挙して押し寄せてくる紙吹雪ももともとあったかのように思えてきた。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月13日 2
隣でアリスが地球の方ではなく、別の方角の遠くを見ている。 真っ暗な空間はどこを見てもキラキラしている。あちらこちらで光っているのが全部星なのだ。宇宙という言葉が持つ森羅万象の意味を形象するように、満天の星空となっている。 あんまり星が綺麗なのでしばらく見とれていたが、息が出来るというおかしな事に気が付いた。 真空のはずの宇宙空間で息が出来るというのは大発見である。息が出来るのは凄い事なのだと驚いてアリスに伝えようとしたが、声が出なかった。 いや、声が出ないのではなく、真空なので音が響かないのであろう。宇宙空間で音が響かないのは至極当然の事である。ではなぜ息が出来るのか。ぐるぐると出来る出来ないが頭の中で回り、この意図に反した結論を推論するのは今までの不可思議な現象と同じくらい無理があると判断した。 立ち上がって歩いて見ると、少し体がふわふわとする。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月13日 1
1959年9月13日、ソビエト連邦の無人探査機「ルナ2号」が月に到達。10月には「ルナ3号」が月の裏側を撮影した。 それから十年後の1969年7月20日、アメリカのアポロ11号計画により、人類で初めてニール・アームストロングが月面に足を着ける。周回軌道上でコリンズが待機する中、およそ二時間に渡ってアームストロングとオルドリンは月を歩き探索した。 「この一歩は一人の人間にとっては小さい一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」 アームストロングの月へ着いたときの言葉である。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月12日 5
既に酔っている先輩やら、それをめんどくさがって遠巻きに観ているまだ飲んではいけない後輩たちも居る。同期はいつのまに来たのか解らないおハゲ教授と、なにやらせっせと組み立てている。祭壇のような、雛壇のような、なんだか仰々しいものである。雪洞のようなものでライトアップされ、頂上にはススキと、どこから手に入れてきたのか綺麗な高杯に大量のお団子が載せられて置かれている。小屋からそうも離れていないのに、実に楽しそうな空間が羨ましい。 アリスはそこに居た。女子に囲まれてかわいいかわいいと言われている。僕が小屋から出てきたのに気が付いてとてとてと走ってきた。僕もそちらに近づく。 月がやはり綺麗である。この明るさなら、今日は街灯が必要ないだろう。 謎の祭壇の準備が整ったらしく、おハゲ教授が「各々飲み物を手に取る様に」と言った。 「皆さん、こういうの、楽しいですね。皆さん、月って、いいですねぇ」...
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落ちてきた少女の考察 - 9月12日 4
アリスに研究をするのでちょっとそこのお兄さん達と遊んでいるようにと告げると、早速同期に対し「お兄さんたちはうさぎさんなの?」と言って困らせていた。一人、後輩の女の子が後からやってきて、かわいいかわいいと散々騒いでアリスと団子を作り始めたので収拾がついたようである。小型の望遠鏡が月を観るために出払っているとはいえ、人が多くて小屋の中が異常に狭い。 幸津先輩はまだ大口径の望遠鏡を月とは関係のない方向に向けている。 「先輩、何を観ているのですか」 「スピカが最近赤いんや」 望遠鏡を覗いたまま言うので声が屈もって聞こえる。とてもじゃないがスピカはもう見えないだろうと思ったが、西の果てにまだ見えるらしい。「う〜ん」と唸って先輩はようやく望遠鏡から目を離した。 「お、沢渡やないか」 「スピカ、観えるんですか?」...
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落ちてきた少女の考察 - 9月12日 3
星の観測高台には数台の自転車が止まっていた。学科のものもあるし、そうでないものもある。トンネルをくぐって高台へ出ると、いよいよ空は星の世界に変わった。満天の夜空である。 珍しくも星の観測高台にはたくさんの人が居た。実はみんなして研究課題が終わっていないのではないだろうか。 東側の彼方にはお待ちかねのまん丸の月が青白く周囲を白々と染めはじめていた。昼間ではないかと思うほどに明るい。海の波打っているのが解るほどだ。 お月見は団子と花を供えるだけが正しい見方では無かったらしい。おにぎりを食べている人も居れば、ビールをあおっている人も居る。あちらでは望遠鏡を覗いている群れがあると思えば、こちらには裸眼で黙視している群れが存在する。派手な事は無く、至って静かである。 みんな月の方を向いているから、全面で光を受け止めていて背中は暗い。坂道を走っていった少年達とは違う影をそれぞれ連れて月を眺めている。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月12日 2
アリスと共にそわそわとしていたら研究が手につかなくなったので、アリスのノートに月を模した落書きをしながら、お月見がどんな行事であったかを考えはじめた。知っている限りの浅はかなる知識では秋の花とお団子をを供えて、その団子となる餅を搗くうさぎのいるまん丸な月を眺め、ぼんやりと幸せな気分に浸るというモノだったハズである。 なぜ月を眺めるだけで人々は幸せになるのか。普段星を眺め続ける僕たちは常に幸せだという事になる。もしくはあんなにも地球から近い星のまん丸な状態を眺める事で幸せになれるのかもしれない。どちらにせよお月見が幸せな気分になれるのは確かだ。 「どうしてお餅はうさぎさんが搗くの?」 「月にはうさぎさんがいるんだってさ」...
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落ちてきた少女の考察 - 9月12日 1
台風一過である。 昨日の色々な音が入り交じった音が嘘のように静かな青空が広がっている。楽園の日差しのように太陽の燦々たる輝きが心地よい。雲は少しも残っていない。今日は綺麗な星空になりそうだ。 アリスがようやく朝が来たと言って目を覚ましたのは早朝の事であった。太陽の出たのと同時に布団から出て、窓の方を見ていた。 外に出たそうなアリスに申し訳なく思いながら研究課題をしばらくの時間進めていた。やはり空が薄暗いのと明るいのとでは心の持ちようが違うようである。ペンが快調に進む。いつも深夜に集中して進めているくせになにを言っているのかと思われるかもしれないが、それとこれとは別である。人間追い込まれ始めると心の持ち方が別の所に移行する。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月11日 7
ラーメンは一口食べて感動するほどにとても美味いものであった。 アリスが夢中になって食べ始め、僕も言葉が出ないほどだった。すごいラーメンである。金箔が無駄であると思った事を後悔するほどにうまいラーメンだ。 さっきまでの寒さを打ち消して、暖めてくれる。あんまり美味い美味いと思って集中して食べていると、すぐにラーメンは無くなった。 気が付くと長椅子は満席である。一番奥には知った顔が見えるが、先ほどまでの僕のように集中しているに違いないので話しかけては行けないだろう。 アリスがまだ食べ終わらないので、スープを啜りながら目の前の金色の布のようなものを弄んだ。布のようであるがもちもちとした肌触りで、とても気持ちが良い。 先ほど店主らしき人物の手が出てきた場所を触ってみるが、切れ目は見当たらず、ただもちもちと気持ちがよかった。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月11日 6
青梅さんがそんな事を言うと同時に、目の前の豪奢な布のようなものからどうやら先ほど走っていた店主らしき人物の手が伸びてきて、ラーメンが二杯置かれた。 ラーメンすらなんだかキラキラしており、よく見るとスープには金箔が浮かんでいる。全くの無駄である。 「あ、早く座った方がいいよ」 青梅さんに言われてようやく僕とアリスは長椅子に座った。長椅子はかなり高い位置にあり、大の大人の僕ですら足がつかないような造りだ。一体どういう事かと思っていると屋台が動き出した。 僕もアリスも驚いてテーブルにしがみついたが、思ったほどの揺れではない。なみなみ注がれたスープもこぼれていない。 ピシャピシャ…カランカラン…、そしてチャルメラの入り交じる音を聞きながら青梅さんに屋台の仕組みで解っていることを教えてもらった。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月11日 5
思い切って表の道へと足を進めてみると、やはり左手側からチャルメラの音が聞こえる。 チャルメラの音が聞こえると思いきや、すぐにそれは視認出来る距離になったのだ。ついに台風屋台を発見した。 どうやら手動式の屋台である。屋台部分の先端に人の足が見え、走って動かしているのが解った。全体的に豪奢な色での布のようなもので上半分だけ包まれている状態で、キャラメル箱のようにほぼ四角い形状をしている。上部に赤い電飾がいくつも並んでいて薄気味が悪い。のれんには「颱風屋」と書かれている。 それらを確認出来るようになるまでに、発見してから数秒であった。下り坂という事もあってか、とんでもない速さで屋台が駆け抜けようとしている。店主かだれかが、屋台を引いて走っている足のピシャピシャという音と、電飾と電飾のぶつかるカランカランという音が、強い雨と風の音の中に混ざってきた。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月11日 4
チャルメラの音は雨音でかき消されるものの、次第に近づいている。 アリスにチャルメラの音の正体と、まだ出会った事がないことを話すと興味を持ったらしい。「食べてみたい」と言った。先ほどまで不安げだったアリスが随分と楽しそうにしている。 もしかして友人達の言っていた台風の中の楽しみというのは台風屋台のことなのだろうか。 チャルメラの音だけに集中すると、竜巻の独特な音が既に聞こえなくなった。台風屋台はどうやら竜巻とは真反対の方向だ。近くの通りに居るようである。 どのようにして発見したら良いのかを先輩方に聞いた時「台風屋台は同じ道筋を辿っている」と教えてくださった。つまり一度台風屋台の行く道筋を知れば、以降台風の度に危ない思いをしさえすれば、待ち構えて食べられるという事である。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月11日 3
実をいうと台風の日にチャルメラの音が聞こえるのはこれが初めてではない。昨年何度か通った台風の全部の日にも聞いている。 台風の日の、きっちりと夕方に聞こえて来るそのチャルメラの音は「台風屋台」と呼ばれている。初めて聞いたとき珍しがって研究室で友人と騒いでいたら、先輩方から「伝統と格式ある屋台である」と教えて頂いた。 台風屋台は名前の通り台風の日にしか屋台を出さないことで有名で、食べるには些か苦労が必要だ。その苦労とは「如何に台風の脅威に打ち勝って食べるか」「如何に味わわずに食べるか」「そもそも如何にして出会うか」の三点である。 屋台の親父はなぜか濡れていないらしいとか、そもそも手しか出してこないので濡れないとか聞いた事がある。そのくせ屋台はちゃんとした屋台なので、客はびちょびちょになるそうである。如何に味わわず食べるかという点についても、恐らくどれほど濡れずに帰る事が大事かという事であろう。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月11日 2
しばらく雨と風の強くなったり弱くなったりする単調な音だけをきいていたので、いつの間にかうたた寝をしてしまっていたらしい。目を覚ました時にはアリスが隣で寝ていた。 朝から薄暗く、昼か夜かよく解らない窓の外を見ると、竜巻のようなものが発生していた。ぎょっとしてそれをみていると、どうやら周辺の雨や風を吸い込んでいるようだ。天で大きく渦を描いて、地上に向かって細くなっている。円錐のような形だ。あれほど降っていた雨も風もややおさまっていた。 竜巻は結構な遠くに見える。海の上だろうか。電気を帯びているのかもしれなくて、雷のような青い光がばちばちと瞬いている。 雨や風を吸うばかりではなく、なにか虹色の球体を時々ぽわぽわと吐き出している。球体はアパートの窓から見えるくらいの大きさで、シャボン玉のように透き通っている。ぽわぽわと吐き出された虹色の球体は直ぐにぱちんとはじけて消えていた。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月11日 1
昨晩から、雨も風もどんどん強くなった。 ボール状のような大粒の雨になる事は無かったにしろ、その勢いは小粒でも目に解るほどであった。窓を雨が横殴りに叩き付ける。ごうごうと荒々しい音を立てて、次々に窓に水滴がついては飛ばされていく。窓から一メートル先の様子が見えないほどの雨である。 風のせいで家全体が揺れて、いよいよこのアパートもここまでかというほどキシキシとしている。 外からは雨と風の音しか聞こえない。さすがに家の外に出るものも居ないであろう。 アリスはとても不安げな顔をしている。絵を描いてその気持ちをごまかそうとしているようだけれど、なかなかいつものように快調にペンが進まない。僕の研究もなかなか捗らないが、それはいつもの事であった。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月10日 4
時々美味しいと呟いて黙々と食べるその姿を見て、幸津先輩は満足げである。まだ先輩は肉に手を付けずに、熱燗をじっくりと味わっている。 ふと先輩に聞く事があったのだと思い出した。風で窓が揺れて、とうとう天井の照明がふらふらと好き勝手に動き始めた。 「赤く光ったスピカの事なんですが」 「八月の終わりはあればっかり観とった。なんでか知らんけど赤い。おまいさん、違うもんを観とったと思っとるやろうけど、何日か観とったしそうそう間違わんぞ」 間違ったものを観ていたのではないかという説を、何も聞いていないのに早々に否定された。先輩はにやにやと笑ってまた熱燗をあおっている。段々ぬるくなってきたらしく、自分で鍋まで燗をつけに行った。 「なんで赤くなったのでしょう。スピカだけ色が変わっていたのですか?」...
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落ちてきた少女の考察 - 9月10日 3
先輩はカタカタと小刻みに震えていた。寒いのだろう、寒さに弱いという事も聞いた事がある。しかし残念な事に我が家には暖房器具が無いので、先輩にはホットプレートの熱で凌いでもらうしかない。おそらく、肉を持ってきてくださったという事は食べても良いという事だろう。 ホットプレートに手を伸ばして暖をとる先輩の顔が余りにも青白いので心配になった。風邪などをひいたのではないだろうか。 「お酒、今日は控えた方がよいのではないですか」 「熱燗にしてくれ」 なるほどとにかく寒いらしい。先輩の言う通り、熱燗の準備を始める。 いつもは物々しく、それでいて騒がしい先輩が今日は手を伸ばしたまま小刻みに静まり返っているので、アリスが不穏な目でそれを見ている。 何か起こるのではないかと思ったが、既に台風が接近している。風の音が時々凄まじく、ガラスを揺らしている。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月10日 2
明日通過するという割には、既に風も強い音がする。横殴りの雨に仕方があるまいと思って、今日は外には出なかった。 その横殴りの雨に打たれて、幸津先輩が来たのも外に出なかった要因である。 先輩はまた大量の肉と酒瓶をぶら下げたり背負ったりして、やけに重々しい装備で現れた。雨の日の先輩の定番である番傘も残念ながら効果はなかったらしく、足元から頭まで濡れている。 我がアパートの構造上、沢渡家玄関では傘をさす必要は無い。共同入り口で傘を折り畳んで、ここまで来る廊下をひたひたと濡らしたということであろう。ナメクジのようである。 アリスは今日は、静かに絵本を読んでいた。だが突然の訪問者がびしょ濡れで、大変驚いたようだ、絵本をバタンと閉じて、目をまん丸くしている。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月10日 1
昨晩の曇天はそのまま雨となった。 灯台の観測施設はまだ不十分であり、しかしより広範囲に観れる望遠鏡があるというマイナスとプラスの場所だということが解った。まだ偉大なる先輩達の積み上げて下さってきた星の観測高台を離れるわけにはいかないだろう。 先ほどから雨粒が窓を叩いて、にわかに集中を途切れさせる。昨日は結局きちんとしたデータは一度しか採ることは出来なかった。しかしそれらのデータも過去のデータと照らし合わせれば、現状としての貴重なサンプルである。指でどの星の光度が、位置がとなぞりながら、ひとまずノートに記していく。 アイリス星雲の光度が増している。暗黒部分にあるガスが増えて、反射が広がっているのだ。しかし俄に暗黒部分の減少も感じられる。北側がじんわりと、過去のデータより明るい。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月9日 6
そもそもこの大きな口径の望遠鏡がおハゲ教授と管理人氏が談合し、ここに置いても良いということになるまで、どこにあったのかが疑念である。ちょっと運ぶ時に傷がついたので、溶接をして穴を埋めていたとおハゲ教授は言う。直し方までも豪快である。 「星の観測高台で見えていたちらちらする灯りは溶接の光だったのか」 なるほどと納得していると、アリスが望遠鏡をぺたぺたと触っていた。気になるらしい。 「沢渡、あっちにあるのより大きいね!」 「お嬢ちゃん、これ気になるかい?」 おハゲ教授が僕に話しかけたアリスへ割り込むように話しかけた。 「沢渡くん、研究は何を調べたの?」 「えっと、ケフェウスの周辺のことについてなのですが、その」 まだレポートが完成してないなど言えない。恐らくまだ終わってない不届きものは僕以外にも居ると思うのだが、姿が見えないので握手が出来ない。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月9日 5
エレベータの内部は上部のライトが点灯しない代わりにランタンが吊るしてある以外は、およそ他のエレベータと変わりなかった。 行き先のボタンが橙色で光っているが、何階という表記はない。他に行き先は三つあるようだ。 アリスの栗毛も顔も、光る橙色に照らされている。 やがてエレベータのドアが開いた。目的階層に着いたらしいとき、ガチャンと音を立てて止まり、吊るしてあるランタンがグラグラと揺れた。不安である。 目的の階層は薄暗かった。一階となんら変わらないのかなぁと思うと、バチバチと目が痛いほどに前が眩く光った。これは溶接の光である。直接見てはいけない。すぐにアリスの目を覆った。 数秒間バチバチという音を立て、瞑っている目の上からも光を通してきた。 光が途切れたときに薄く目を開けると、煙と、溶接マスクをかぶった、でっぷりとした人のシルエットと、そのシルエットより遥かに大きな何かのシルエットが見えた。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月9日 4
星の観測高台前の三叉路を小川沿いに、海辺に向かって歩く。虫の声が段々と寄せて返すを繰り返す波の音に変わり始めた頃に灯台の入り口を発見した。 今まで気にしたことはなかったが、灯台の入り口には水族館などでよく見るチケット売り場のようなガラス張りの窓がある。しかし、誰もいない。隣の扉は頑丈そうな鉄で出来ており、開きそうもない。 「そこになにかあるよ」 アリスが指を差したところは、ガラス張りの窓の横だった。ぽつねんと、小さくインターホンのようなものがある。僕は引き寄せられるようにそれを押した。 ブーッという音が、押している間鳴った。どうやらインターホンであったらしい。やがて「はいはい、ちょっと待ってね〜」という声が返ってきて、すぐにガラスの向こうに作業着のおじさんの姿がヌッと現れた。 「どうしたの? なんか事故?」...
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落ちてきた少女の考察 - 9月9日 3
「アリス」 小屋にアリスが入って来ないなと思ったら、海の方に向かって何かをジッと見ていた。空を観ているわけでもなく、海になにかがあるわけでもないらしい。 「どうしたの?」 「灯台の灯りが変だよ」 本当だ。いつもゆっくりゆっくりと赤のライトが明滅を繰り返す頂上と、この間教えてもらったが船に光波標識というらしい、道標であったりいろんな信号を送っている中層の部分は普段通りである。 だがそれの間になにやらちらりちらりと光るものがある。あれを船舶が間違ってみてしまったら大事なのではなかろうか。 ふと、そこで思い出したが、おハゲ教授が海上保安庁の人と手を結んで、灯台に入れるような約束を取り付けて下さっていたハズである。 大学は休みである。研究課題をこんなに遅くに取り組む不届きものは居るまい。従って現在これを知っているのはいつ居るのかよく解らない院生の方たちと僕くらいではなかろうか。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月9日 2
丸い枠のようなものの縁を、大きなシカが何匹も歩いている。やはり角が立派である。円を連なって歩いているので、仕舞いにはまたぐるりと一周する。朝か夜かは判別の付かないが、大作である。上手だなぁと言うと、アリスは「えへへ」と言った。 その絵は玄関から入ってすぐの壁に飾ることにした。 夕刻を迎え、やがて太陽が沈んでいく。そろそろ星の観測高台に行かねばならない。やや肌寒くなってきたのでアリスになにか上に羽織るものを着ていくように言う。僕は重くなった研究の成果を片手に持つだけで準備を完了とした。 空が段々と高く逃げていくのが解る。星と僕たちとの間にうっすらとかかる雲が、ふと顔を上げると位置が高い。夕日はあっという間に沈み、グラデーションを感じる時間が短い。まだ夕暮れをすぎたばかりなのに、疎らに電気が付いている。 秋である。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月9日 1
今日はのんびりと活動を始めた。 昨日の美術館に行った影響か、日がなアリスが絵を描き続け、大作を完成させようとしていた。 僕も研究を進めようとふらふらと起きて机に向かう。夜には星の観測高台に行かねばなるまい。ただなんとなく天気が心配である。起きた時は晴れて居たが、段々と午頃には薄い雲が流れ込んできていた。 「まぁ大丈夫かな」 アリスの方をふと見ると、ノートを幾枚かちぎってテープで繋げて、大きなキャンバスを作り上げていた。その上に膝をついて、大きな丸を描いている。 徐々に、インクが重なりあってその丸の中はいろんな色の線で混ざりあっていく。時に雄々しく、時に静かに、手を止めること無くアリスは描き続けた。 僕の方のノートは大分手の止まることが多くなっている。果たしてレポート用紙にいざ書く時になって何から纏めればよいのか、今から順番を考察しなければいけないほどデータだけは膨大になり始めている。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月8日 4
そこは人集りが一層濃く、なかなか動く気配もなかった。 手に握っているチケットにもそのうちの一枚が描かれている。青梅さんによるとゴッホの絵が掲げられているそうだ。 ゴッホと聞くとひまわりの絵がすぐに頭に浮かんだ。暑い、夏らしい絵である。折角涼しい季節になってきて涼しい館内にいるのにひまわりの絵をじぃとみるのはいかがかと思っていたが、そこに展示してあった三枚の絵はどれも涼しげな青い絵であった。 「タイトルに”星”って付く絵ばかりだよ」と青梅さんが言う。 大きな糸杉が画面の中央に聳え、眩い星が月と対峙して地上を照らしている絵。 北斗七星が水面にも映える街の灯りに負けず上空で荘厳と輝く絵。 どこか夢心地の空気を含んだ、街の上空の怯えるような星たちの絵。...
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落ちてきた少女の考察 - 9月8日 3
途端見えていた空気は緩やかになった。まるでそれまで居た場所と違う場所に急に移動したかのような錯覚だ。 いよいよチケットを購入し、館内の展示室へと進む。チケットには「オランダの絵画展」と書かれていた。 街ならばともかく、こんなところにある美術館に誰が来るのだろうかと僕は来る日も来る日も考えていたが、想像以上に需要のある施設だったようだ。展示室に入るなり、人が溢れていた。それは街で歩いているよりも多くの人だということが簡単に解る数であった。 「今日も多いなぁ」 青梅さんがボソリと言った。青梅さんが絵画が好きで、よく美術館へは来ているらしいということは、既に書いた。ということは青梅さんは、いつもこの人の波と格闘をしているのかもしれないなとぼんやりと考えて、ふとアリスの方を見た。案の定何も見えないという顔である。何があるのか解ってないかもしれない。 「いつもこんなに人が多いの?」...
8月 2011
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落ちてきた少女の考察 - 9月8日 2
今日は歩いて行こうということで、美術館までのんびりと向かうこととなった。 美術館はぶどう畑を横目に、小川沿いに図書館のはす向いにある。真っ白な建物で、晴れの日はきらきらとまぶしい。曇りや雨の日はモノリスがそこに静かに佇んでいるような、威厳すらも感じる。縦には大きくないが、横にのっぺりと広い敷地を有している。 畑のぶどうがいい色になっている。実りの秋である。小川の水は相変わらずさらさらと留まることなく流れ、時折吹く風を一層に冷やした。 「涼しいね」 青梅さんが伸びをしながら言った。アリスがその後ろについて、僕が最後尾に居る。 今日の青梅さんの服とアリスの服はなんだか似ている。アリスの着ているのはこの間買った服であろう。青梅さんがもともと持っている服と、お揃いという感じで選んだのかもしれない。 ゆっくりと歩く青梅さんと、それを小股で一生懸命に追うアリスが親子のようですらある。...